経営の現地化の中でも重要事項である、日本人MDの後任として、タイ人MDを採用する際の留意点をまとめた

By Seiji Iwamura

昨今、タイにおいて経営の現地化が主な経営課題である日系企業が増えている。

そこで、経営の現地化の一環でもある、現地人材のManaging Director(以下MD)を採用する際に参考となるような情報をまとめた。以下は、タイにおけるMDの現地化に焦点を当てて書いているが、タイ以外の東南アジア各国におけるMDの現地化にも、当てはまる点があるかと思う。また、国籍を問わず、相応しい人材をMDに採用すればいいのではあるが、以下は、現地人材(タイ人)をMDとして採用する視点で書いている。

 

I.    タイ人MDの人材市場

タイで、本当に経営者としての実務経験や資質があり、MDを任せられる人材がいるのかという疑問の声を聞く。その答えは、『いる』と言える。実際、既に現地人材をMDとして採用している日系企業が増えてきている。日系製造会社は、まだ日本人MDが多いが、日系の販売会社におけるMDの現地化は、ここ数年かなり進んできている。欧米系企業に至っては、よりMDの現地化は進んでいると言える。もちろん、現地企業のMDはタイ人が多い。よって、タイは、MDを任せられる人材が既に育っている国と言える。

ただし、絶対数は少なく、その理由として、タイにおけるエグゼクティブ人材の多くは、各職種(例えば営業、財務、人事等)に特化してキャリアを積んできている事が背景にある。よって、全ての機能を掌握するMDとしての経験値が足りない、もしくは、MDポジションを引き受けるのは自信が無いというエグゼクティブ人材が多い。
 

II.    MDを現地化する意義

MDを現地化するべきかどうか決める際には、タイ拠点の将来に何を期待するのかで判断が出来るであろう。100%日系企業を対象としたビジネスを行っていて、今後のビジネス戦略も変える予定のない場合は、日本人MDの方が利点が多いと思われ、無理に現地化する必要は無いが、日系企業向けビジネスよりも、現地企業向けビジネスの割合が多い場合や、日系企業、欧米系企業、現地企業向けビジネスの割合が同じような場合は、MDに現地人材を採用し、経営の現地化を推進していく事を勧める。

また、MDの現地化は、社内における縦のコミュニケーションをより充実させ、既存のローカルマネジメント層(各部門長)を更に成長させ、結果的に強い組織を作り上げていく事に繋がる。社内だけではなく、社外的にも、顧客や政府系を含む各関係機関と、よりスムーズ且つ有益となるコミュニケーションをはかり、長期的な深い関係を築き上げる事が出来る。以上のような視点から、タイ拠点のMDは、3~5年間ぐらいの定期的に入れ替わってしまう日本人から、タイ人に現地化する意義があると言えるだろう。
 

III.    MDの社内昇格  VS  新規採用

MDを現地化する際には、社内の既存の幹部人材を昇進させるか、外部から採用するか決める必要がある。既存の幹部層の中に、MDとしての経験値や資質が備わったMD候補がいる場合は、会社の事を既に深く理解しているその人材を昇進させる事を勧める。一方、既存の幹部層のMD候補が、MDとしての経験値や資質が足りない場合、部下や他部署から尊敬を得られていない場合、本人に興味や自信が無い場合などは、外部からMD経験者やMDとしての経験値や資質が十分ある人材を新規に採用する事を勧める。

既存の幹部人材の中にMD候補がいる場合は、『長期にわたり会社に貢献してきたので、既存の幹部人材をMDに昇進させない訳には行かない』という考えもあるだろうが、その人材が本当にMDに相応しいかどうかは、感情を抜きにして客観的に判断する必要がある。もし、その人材がMDとして相応しく無い場合は、MD就任後、(特に優秀な)ローカルマネジメントスタッフが転職をしてしまい、組織が弱体化してしまう可能性がある。
 

IV.    MD人材の転職の際のモチベーション

ある企業で活躍している優秀な経営幹部人材を獲得するためには、積極的に採用企業や採用ポジションの魅力を候補者にアピールする必要がある。そこで、優秀なMD人材にとって転職する際のモチベーションは何か?

日本人MDを現地化するポジションは、実は現地人材にとっては魅力的な採用背景である。自信のある人材は、その企業において自分が初めての現地人MDとなる事へのプライドや強いモチベーションを感じ、入社後は、自らの実力を証明すべく、目標の実現に向けて邁進するであろう。

企業が現在抱えている問題を伝える事も、実は、採用ポジションの良い意味でのアピールに繋がる。自分の実力で、『問題の多い会社を優良企業に変える事が出来る』機会と捉えるからである。

会社が、既にタイにおいて知名度の高い企業(ブランド力の高い企業)である場合は、候補者を惹きつけやすい。一方、知名度がまだ低い企業(ブランド力の低い企業)であったとしても、モチベーションの高い人材にとっては、知名度を上げる(ブランド力を上げる)機会と考え、興味を持つであろう。

主な課題や解決すべき問題も無く、日々のオペレーションのみを日本人MDから引き継ぐようなポジションの場合は、遣り甲斐に欠けた退屈なポジションと思われ、モチベーションの高い人材にとっては転職する意義のあるポジションには映らず、興味は示さないであろう。

タイ拠点のトップであるMDとして入社するので、候補者へ明確なキャリアパスを提示する事は難しいが、将来、東南アジアの他国の拠点も管轄出来る可能性や、グローバル人材として本社や欧米地域で活躍出来る可能性などは、魅力的なキャリアパスと映るであろう。

各MD人材によって転職の際のモチベーションは違うが、総じて『やりがいのある仕事に思えるかどうか』と言える。
 

V.    MD人材の選考基準

以下は、MD人材を選考する際の留意点である。日系企業での勤務経験がこれまでのキャリアの中で一度でもあると、勤務開始後にカルチャーショックやカルチャーギャップに直面するリスクは低くなる。日系企業での勤務経験が全く無い人材の場合は、適応能力があるかどうかを判断する必要がある。例えば、これまで文化の違う企業への転職の経験があるかどうか(米系企業からアジア系企業への転職の有無など)や、一つの会社で上司が何回か変わった事があるかなどで、その人材のフレキシビリティーが予測出来る。

タイ拠点に変革をもたらせたい場合や、企業カルチャーを変えたい場合は、日系企業出身者でなく、欧米系企業での勤務経験の長い人材の方が、変革を起こせる可能性は高い。

言うまでもないが、これまでのキャリアにおいて着実に功績を残してきている人材かどうかは、重要な選考基準となる。

タイ人には、アグレッシブなリーダーは受け入れられないと思われがちだが、強いリーダーシップは上司に求めている。一方、各部門の話をしっかり聞き、公平に対応出来る人材が、タイ人のマネジメント層からの尊敬を得る事が出来る。

既にMDとしての経験があるか、もしくはMDとしての経験が無くても、規模の大きい会社で経営幹部として勤務してきた経験があるかどうかを、選考基準として設定する事が出来る。MDの実務経験が無くても、規模の大きい会社で大きな部署をまとめてきた人材で、強いリーダーシップやマネジメントスキルを持っていれば、MDを任せる事の出来る人材である可能性が高い。
 

VI.    MD人材が待遇面で気にする点

転職の際の昇給に関しては、候補者の現在の年収が既に水準レベルもしくはそれ以上の場合で、会社やポジションの内容に大変興味を持っている場合は、現在と同等レベルの待遇内容であれば転職を検討するであろう。

待遇内容においては、ドライバー無しの車の支給は、魅力的な待遇には必ずしもならない。候補者が既に高級車を所有してる可能性もあり、また、自宅の駐車できるスペースも限られているからだ。一般的に車の支給よりも、Car Allowanceを一定額支給する方が好まれる。ただし、社外に対するイメージ的に重要と考え、及び、長距離移動の多いポジションの場合は、ドライバー付きで会社からの車の支給を好むだろう。

因みに、タイにおける所得税は最大35%の累進税率となるので、候補者は新しい年収における所得税はいくらとなるかを転職の際に計算する事になる。候補者の現在の年収と比較し、それを踏まえた上でのオファー額の提示が必要となる。昇給額の度合いにより、所得税を引くと、手取りが現在よりも下がる可能性もある。
 

VII.    新MDへの入社後のサポート

新MDを採用した後は、確実に期待通りのパフォーマンスを上げてもらう為のサポートや心遣いが必要である。

大前提として、採用前にタイ拠点がどのような問題を抱えているかを正直に候補者に伝えておく事は大変重要である。入社後、双方において『想像していたのと違った』という事態を避ける事が出来るからである。

日本人MDからの引き継ぎ期間は、3か月間から6か月間くらいあった方が良いと思われる。(ただし、この引継ぎ期間を設ける事は、日本人MDからタイ人MDへの引継ぎにのみ有効であり、定年退職するタイ人MDから新タイ人MDへの引継ぎに関しては、定年退職していく既存のタイ人MDが協力的に引継ぎを行わないリスクもある為、引継ぎ期間は1か月程度で十分である。)

3か間から6か月間の引継ぎ期間中に、新MDがそれまで発見した事や感想を聞く事を勧める。各部門の課題や各部門長の能力の度合いや限界などは、数か月で新MDは把握する事が出来るであろう。それらを踏まえ、引継ぎが終わる前に、目標を達成する為にかかるであろう時間軸を、改めて協議しておきたい。

新MDに、必要な決定権を与える事も重要である。どんなに優秀なリーダーであっても、与えられている権限が限られている場合は、思い通りのマネジメントが出来ず、パフォーマンスの結果に影響してくる。

MDレベルの人材でも、自分がどのように評価されているのか気になるものである。新MDのパフォーマンスに満足している場合は、モチベーションを更に高める為にも、本人に直接伝える事が重要である。また、本社及び地域統括会社から、どのようなサポートやリソースがあれば助かるか、定期的に確認すると良いであろう。

新MDに従業員のマインドセットや働き方の変革を求める場合は、新MDのやり方に対する会社としての理解や必要に応じたサポートも必要だろう。
 

VIII.    日系企業でタイ人MDとなった感想

日系企業のタイ拠点のMDとして採用されたタイ人に、日系企業でMDとして働いてみた感想を聞いてみた。彼らは、これまでのキャリアにおいて、日系企業での勤務経験が無かった人材である。

A社MD
-    本社の意思決定(decision making)は早いので問題無い。何か頼んだ事も、敏速に対応してくれる
-    既存のチームが弱い。早急なコーチングが必要とされる
-    現地スタッフは色々な問題を抱えていたが、これまで本社まで伝わっていなかった
-    本社からのメールは英語が主。たまに日本語で送付されるメールは、インターネットの翻訳機能を使用しタイ語に訳して理解している

B社MD
-    本社の意思決定が遅い
-    自らがフレキシブル、アジャスタブル、アダプタブルになる必要がある
-    重要なメールが日本語で送られてくる
-    時間がかかるが、既存のローカルスタッフのマインドセットを変える必要がある

A社のMDとB社のMDの感想に共通している点は、既存のローカルスタッフのパフォーマンスの向上が、主な課題であったという点である。B社MDが感じているように、一般的に欧米系企業から転職した人材の感想として、日本の本社の意思決定の遅さを指摘する人材は多い。また、日本人MDからタイ人MDに変わった事により、これまで表面化していなかったタイ拠点の多くの問題が、良い意味で表面化したようだ。
 

IX.    MD採用時にエグゼクティブサーチ会社を利用する利点

MDの採用を検討する際には、エグゼクティブサーチ会社のプロフェッショナルなアドバイスを仰ぎ、対象とするMD人材の人材市場情報を収集してから、決定する事を勧める。

ボイデンでは、クライアントの既存のMD候補と、新規に採用する場合のどちらをクライアントが選択するべきかをアセスメントし、アドバイスをしている。クライアントが、既存のMD候補をMDに昇進させたい場合は、MDとしての資質を、面談や適性検査でアセスメントし、必要に応じたトレーニングを提供し、日本人MDの後任となれるようサポートをしている。一方、新規に採用する場合は、4~6週間かけてサーチし、最終的に複数名の候補者を選出し紹介している。

ボイデンは、MD人材の採用を得意とし、MD人材の人材市場を熟知しているので、各クライアントの企業目標の達成を可能とする人材を選出し、紹介する事が可能である。MD人材は、現職で活躍している人材でもあるので、極秘にプロセスを進める必要がある。よって、信頼できるエグゼクティブサーチ会社のコンサルタントのみに情報を共有し、面談に応じる。

クライアントにとっても、MD採用は極秘に進める必要がある場合が多く、ボイデンは、各サーチ案件の極秘レベルに対応した手法で、サーチを行っている。
 

X.    最後に

これまで述べてきた通り、タイにはMDレベルの人材はいるので、相応しい人材がいないという理由でタイ拠点のMDの現地化を諦めるのではなく、相応しい人材はいるという前提で、MDの現地化を進めるかどうか、ご検討頂きたい。

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